少しの嘘、分かる嘘、誰も傷つかない嘘は、エンターテイメントだと思う。
そして洒落のきいた嘘はとても魅力的でわくわくする。
そんな嘘をつける先輩の話をしたいと思う。
ただの日常話のどうでもいいところで、小さくどうでもいい嘘をつく先輩だった。
あまりにどうでもいい嘘をつくので、先輩の話の後には「で、実際は?」とか、「と、いうのは冗談で?」という合いの手が入るのがお決まりになっていた。
私も、その合いの手を入れるのが、楽しくて、ついつい先輩の話をきいてしまう。
今でも仲良くしている先輩だが、当時入社したての私は、その先輩のことが少し苦手だった。
先輩の嘘について話す前に少し、先輩の人となりについて話たい。
その先輩は、いつも楽しそうで、いつも面白いアイディアを思いつく人だった。
同僚を真剣にからかっては、いつもケタケタと笑っていた。
でも、同僚いわく、かわれても不思議と嫌な気持ちにならないそうだ。
むしろ、からかわれる方も楽しくて、いつの間にかみんなで涙を流しながら爆笑していた。
当時、私はとても斜めに構えていたので、あんなにいろいろ言われてるのに、先輩と一緒になって笑ってる同僚が不思議でならなかった。
からかう方は面白いつもりでも、からかわれた方はもしかしたら、とても気にしていることかもしれないから。
ある日同僚に、「からかわれるの、嫌じゃない?」と聞いてみた。
同僚は不思議そうに「え、楽しくないですか?あんなにいろんな言葉出てくるのすごいですよね!」となんでもないことのように答えた。
そう、先輩は言葉の引き出しがすごく豊富なのだ。
そして、必ずからかう対象がツボになるような言葉を使ってくる。
相手の方も、最初は笑っているだけだが、少しずつながら砕けた言い方で漫才師のボケ役のように言葉を返すようになっている。
先輩は口癖のように「仕事が出来るよりも面白いことが出来るようになれ」と言っていた。
その言葉を聞いた時、私は就職場所を間違えてしまったのかもしれないと思った。
言葉の通り、先輩が厳しい時は仕事のミスがあった時ではなく、面白い返しが出来なかった時だった。
お笑い養成所のようなやりとりを毎日見ていると、だんだんそんなやり取りが羨ましくなってくる。
まぁ、実際養成所ではどんなやりとりをしているのかは分かりませんが。
最初こそ、少し苦手だった先輩だったが、あまりにみんな楽しそうなので、お笑いのようなやりとりをしているのが、だんだん羨ましく思えてくる。
なじりなのか、からかいなのか、絶妙なところをついてくる言葉は傷つくより何より感心してしまう。
そんな先輩も、私にはあまり冗談だったり、からかったりしてこないように思った。
先輩と打ち解ける前は、業務上のやりとりぐらいしか関わっていなかった。
最初はいろいろ話しかけてはくれていたが、上手く返事することが出来なかったからなのか、少しずつ話す回数は減っていた。
もしかして私が先輩のことを苦手だと感じているのを察しているのだろうか。
なんで自分にだけこんなに当たり障りのない言葉をかけてくるのだろう。
そんなことに気づいてから、ずっと自分だけからかわれていない事に対して悶々と考え始めてしまった。
私の返しがつまらないから、あまりからかわれていないのかな。
もしかして、からかわれたのに気づかないで無意識に怒って返したのかな。
答えの出ない考えは余計に悶々とし始める。
毎日誰かがからかわれて、それに対してボケて突っ込んで、爆笑して涙流して…
先輩に返した言葉が先輩のツボに入ると、同僚も嬉しそうに笑っているし、その周りも楽しそうに笑っている。
だんだんそこに入れないことが寂しくなっていくのを感じる。
そして、面白い返しをし始めている同僚にそわそわしてイライラし始める。
悔しい。私も面白い言葉を使ってみんなを笑わせたい!!
ここにきて謎のお笑いを目指したいという気持ちが芽生えたのは気のせいではなかった。
自分自身のことながら、この当時の自分は何を考えていたのか全く分からない。
ある日、先輩と二人になることがあったので、思い切って先輩に聞いてみた。
なんで、私には当たり障りのない言葉ばかりを言うのか。
なんで、私のことはからかってくれないのか。
すると、先輩は少しびっくりした後で、何かを考えた後、すごく真剣な顔でたった一言。
「変態か?」
その言葉に私は衝撃を受けた。
でも、確かにそうだ。
自分の今までのことを振り返ると確かにその一言に限る。
からかわれたくて、他の人を羨んで、そんな気持ちに溢れてしまったとはいえ、「どうして私をからかってくれないの!?私をからかってよ!」って真剣にお願いしてるんだよ、どうかしてるよね。
普通に考えると、ちょっと気持ち悪い。
思わず吹き出すと、先輩も一緒に爆笑した。
こんなに涙を流して笑ったのはこの職場にきて初めてだった。
ちなみに、先輩が私をからかわなかったのは、真面目だからだそうだ。
先輩なりに、からかっても大丈夫そうな子、強い言葉だと傷つきそうな子と様子を見ながら言葉を選んでいたそう。
流石によく分からない人に、ずけずけと言えないよと笑っていた。
あの毒みたいな鋭い言葉の裏側に、そんな細やかな配慮があったのか。
それから、私は先輩とよく馬鹿をして、からかいあい、よく笑うようになった。
さて、そんな先輩のくだらない嘘とはどんなものだったのかを話していこと思う。
先輩と話すようになってから、先輩は本当にくだらない、どうしようもない誰も得しないけど、誰も傷つかない嘘を混ぜ込んだ話をするようになった。
例えば
「昨日さ、散歩に行ったらめっちゃでかい犬がいたの。たぶん、立つと同じぐらいの背丈(先輩の身長は158ぐらい)。
大きいですね〜って話しかけたらまだ1歳ぐらいなんですよって言っててさ〜」
みたいな話。
普通に聞いちゃうし、普通にそんな大きい犬もいるのか!って思うじゃん。
「めっちゃ大きい犬ですね!何犬なんです?」
って聞いたら
「まぁ、嘘なんだけどね」
って。
「びっくりしたー!そんな大きい犬いるんだって思ったじゃないですか!!」
っていうと、「いやいや、大型犬はデカくなるよ〜」と。
「ん?じゃあ何が嘘なんです?」って聞いたら「犬に出会った事が嘘」というオチ。
そこ!?って思わず言ってしまう。
今一生懸命思い出したけど、先輩が話に混ぜてくれる嘘は「しょうもな!」「そこ!?」っていう気持ちに支配されるので思い出すのも大変なぐらいに日常的なものだった。
でも、それが地味に楽しくて、聞いてしまう。
同僚も、よく話してくれるその先輩のどうでも良い嘘を楽しんでいるようだ。
これの何がすごいかって、真面目な話の時と、そうやって嘘を交えてくる時の話がちゃんと空気感で分かるところだった。
安心して聞ける嘘。
先輩は、たぶん生粋のエンターテイナーなんだと思う。
そして、生まれた「で、実際は?」「というのは冗談で?」という合いの手。
合いの手が入って初めて分かる本当の話。
相手がいて初めて盛り上がる嘘の話。
嘘が伝わらなくても、問題ない嘘。
こんな面白い嘘があるもんなんだなぁって、嘘も色々あるなって。
そんな先輩は相変わらず芽のある後輩をからかって遊んでるようです。
先輩は私に楽しい嘘があることを教えてくれた人でした。
さて、これにて3000文字チャレンジ「嘘」は終了でございます。
いかがでしたか、私の作り話。
楽しんでくれていたなら嬉しいです。